古本 海ねこ トップページへ戻る

大日本図書 子ども図書館


すばらしいラインナップの本がつくられていました。
装丁が素晴らしいことは一目瞭然。1冊1冊、厳選されており、書き手(描き手)の豊かな顔ぶれをご覧ください。
「お子さまに この本を 与えてくださる 方がたに《という巻末の解説文には愛情がこめられています。
戦後の幼年童話が“革命的に”変わっていったさまがうかがわれ、興味深いです。

「子ども図書館《刊行にあたって より以下、引用します。

目まぐるしく、変化のはげしい今日の時代には、すぐれた作家たちが子どもたちのために
心血をそそいで書いた作品も、時の流れの中にうずもれてしまったり、
子どもたちの目にふれにくくなったりしています。
わたしたちは、そのようなりっぱな作品を一つ一つたいせつに掘り起こし、
いつまでも子どもたちの心の中に、生きつづけるようにしたいと願って、この「子ども図書館《を企画しました。
したがって、「子ども図書館《には、
(1)歴史の中で、上滅の生命をもちつづける作品を、ひろく内外から精選し、
(2)今日の児童文学が志向するところに沿った、現代作家による新しい創作を選び、
(3)厳密な校訂と、原作のかおりをそのまま伝える訳出とで、テキストとしての信頼性を高め、
(4)一流のさし絵を配し、 (5)じょうぶな造本に心をくばり、
(6)なるべく廉価に提供するよう心をつくしました。
「子ども図書館《の一冊一冊が、文字通りの文化遺産として、子どもたちに長く愛され、親しまれることを願ってやみません。

編集委員 鳥越信 神宮輝夫 大日本書籍部
装丁・杉田豊




cover品切れ ジャムねこさん 松谷みよ子 画・箕田源二郎
大日本図書 子ども図書館 67年・69年の7版  2400円
C 表紙角・はしイタミ 見返しオレすじ 小口シミ・ヤケ 当時の定価280円

子ぎつねコン、ハナイッパイになあれ、お星さまになったタイコ、
オバケとモモちゃん、おんにょろにょろ、ジャムねこさんを収録。

「ジャムねこさん《は
「ああ、よかった。ジャムじゃないよ。ぼくのせなかだよ、お日さまのあじがするもの《
と背中を舐めて安堵する子ねこ。
まっくろくろのクロねこプーは、それを聞いて
「どうしたんだい、チビちゃん《と声をかけます。
「あのね、ぼく、もうすぐ、ジャムパンになっちゃうっていわれたの。
ねえ、ジャムパンになったら、きっとたべられちゃうよねえ《という子ねこ。
ちっちゃいおばあちゃんにつまみあげられて、体も足もふくふくの真っ白パンみたいで、
背中にアンズのジャムがかかっているみたいだといわれた子ねこ。
「おまえは、うちからにげだしたジャムパンだな。ねこになんかなていても、すぐわかるぞう《
と、もとのジャムパンになったら食べてやるぞう、と言われたとか。
その後、子ねこはモモちゃんちのねこになり、吊前は「ジャム《になります。
ムジャキなジャムと、大きなプーのやりとりが、ほのぼのとした優しさ…。

「ジャムねこさん《が発表されたのは「びわの実学校《16号(昭和41年5月)。

「松谷みよ子もまた、戦後の日本の幼年童話が従来の情緒性一本やりの伝統から脱却して、
ほんとうに小さな子どもたちに喜ばれる物語へとめざましく発展してきた歴史を
になった作家のひとりといえます《(幼児の興味と心性をとらえた作品 鳥越信 より)

新装版は同社より77年に出版になりましたが、現在は品切れ。
各社からさまざまな形態で出版され、現在は大型絵本(絵・渡辺 享子)や文庫になっています。

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverこびとのピコ 寺村輝夫 画・和歌山静子
大日本図書 子ども図書館 68年3月・同年6月の10版  1900円
C+ 表紙角イタミ 見返し・扉オレすじ 小口シミ・ヤケ 本文ヨゴレ・オレすじ 当時の定価280円

いやなものーー
きらいなものーー
こわいものーー
オムくんには、そんなものがたくさんあります。

ところが、金色のボールペンを拾ってからというもの変わっていきます。
「ボクハ ピコ。オムクンノ イウ コト ナンデモ キク《
そのボールペンで用事を書けば、なんでもそのとおりになるんです。
すばらしい宝物に思えたボールペンでしたが、さて…。

「日本の児童文学は、第二次世界大戦後、大きな質的変化を見せましたが、
とりわけ革命的に変わったといわれているのが幼年童話の分野です。
それまでの日本の幼年童話は、ひろすけ童話(浜田廣介)に代表されるような、
情緒性と文章のリズム感だけをもった作品が多かったのですが、
戦後の幼年童話は、何よりもおもしろくて魅力的なストーリイと構成を
もった作品が第一と考えられるようになりました。
その背後には、アメリカやヨーロッパのすぐれた幼年童話の移椊があり、
その影響がありました。いぬい・とみこ、石井桃子、中川李枝子といった作家は、
そうした土壌の中から育ってきたといえるでしょう。
一方、そうした土壌からの栄養もとりながら、西欧的な行き方とは
またちがった独自の世界を切り開こうとする作家もいました。
このシリーズで『ジャムねこさん』を出している松谷みよ子などがその例です。
寺村輝夫も、松谷みよ子とはまたちがった意味で、ナンセンス・テールという
日本ではあまり育たなかった世界へくわ入れをしてきました。
ナンセンス・テールは、もともと歴史的にはイギリスに発展した一つのジャンルですが、
寺村輝夫は、その影響はほとんど受けてないように思われます。
ある意味では、きわめて日本的な発想をもったナンセンス作家といえます《
(「おもしろさの魅力《鳥越信 より)

新装版は、同社より1987年に出版されています。

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverまけないアキラ 山中恒 画・伊達圭次
大日本図書 子ども図書館 69年2月・初版 1800円
B ビニールカバー・帯 背少凹み 扉・目次オレすじ 小口シミ 当時の定価300円

こわれて、おんぼろになってしまったおもちゃたち。
アキラは「もう、いらないな《と大きな箱につっこんで片付けようとしました。
ところが、夜になって、おしっこに起きて部屋へ帰ろうとしたときのこと
「手をあげろ。声をたてるな。まっすぐあるけ《
と ピストルを押し付けられてしまいます。
ピストルを構えていたのは、どこかで見たことがあるようなサル。
連れていかれた先でなんと、おもちゃたちに
「君が学校へ行かないで、ぼくたちと遊ぶと約束するまで、君を帰さないつもりだからな《と言われて…。
ぐいぐい読ませるストーリー・テラー 山中恒の快作。

雑誌「たのしい一年生《連載(昭和37年4月~6月)に手を加えたもの。

「昭和三十年代以降に出てきた児童文学者の中で、おそらくかれは最も多作な作家のひとりといえるでしょう。
そのために、ある時期、山中恒は一晩に三百枚の原稿を書く、というような伝説が生まれたほどでした。
このほか、昭和三十五、六年ごろからは、テレビ、ラジオの放送作家としても活躍しはじめ、…
オモチャを作品化した児童文学はたくさんあります。
もうタネ切れで、オモチャを登場させても書くことはない、と思えるほどなのに、
山中恒は子どもとオモチャをめぐる奇想天外な物語を作りあげてしまいました。
しかも…特に最後のしめくくりが、読者の予想からいけば、おそらく…となるはずのところをみごとに裏切って、
子どもの子どもらしいバイタリティを主張したり、そのくせ全体を読み終われば、
なまじ教訓的な結末でないだけに、かえって子どもに考えさせるという、
次元の高い教育性をもっていたり、ぐいぐいと読者をひきずりこみながら、あかせることがありません《
(ストーリィ・テラーの本領 鳥越信 より)

新版版が同社より89年、山口みねやすとのコンビで出版。

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverジャングルの黄色いカエルたち アニタ・ヒューエット 清水真砂子・訳 画・五百住乙
大日本図書 子ども図書館 69年3月・初版 2400円
B ビニールカバー・帯 見返しオレすじ 当時の定価300円

「ペカリぼうやのくびわ《「まちがいないってイノシシどんいった《
「ジャングルの黄色いカエルたち《の3篇。

表題作は、歌ったり踊ったりが大好きな黄色いカエル4匹のお話。
産卵してお疲れだったカメのおばさんは「おやめ! いますぐおやめたら!《
とどなります。
おばさんのじゃまをしないようにジャングルに戻って歌ったところ、
今度は木の上のホエザルにうるさがられ、
「静かにせんか《「よさんか、木のまわりをおどるのは《と言われます。
池に行って歌ったところ、今度はヒキガエルに悲しまれ涙されてしまって…。
本人たちはそんなつもりはないのに、どこへ行っても迷惑がられてショゲかえったカエルたちでしたが…。

「伝統的な“物語”の手法と思いつきのすばらしさに加えて、もう一つ、
いや、何よりもヒューエットの作品をすぐれたものとしているのは、
作品の底に、静かに光りながら流れている、作者自身の、豊かな、
暖かな人間性でしょう《(作品の底に光る暖かい人間性 清水真砂子 より)

新装版が2000年、同社より出版されましたが品切れ。

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverとけいのはりのハ 香山美子 画・多田ヒロシ
大日本図書 子ども図書館 69年4月・初版 1800円
B ビニールカバー・帯 見返し僅シミ 当時の定価300円

「マーくんのらくがき《「ロボットたいちょう《「とけいのはりのハ《の3篇。

「とけいのはりのハ《に、ある日、ママが朝ごはんの片づけをしていたら、
「ママ、ママ《と、だれかが小さい声で呼ぶんです。
「だあれ?《
すると
「ぼくなの《 ヒューウ・ポン
台所の壁から小さなこびとが落っこちてきました。
ママが時計を見るたびに
ヒューウ・ポン
と、やってくるこびとさん。……

作者・香山美子(こうやまよしこ)は1928年、東京生まれ。
58年ごろからNHK「おかあさんといっしょ《などの台本執筆。
「おはなしゆびさん《「山のワルツ《「おきゃくさま《「ねこのめ《などの童謡は、子どもたちによく歌われています。
本書におさめられた3篇のうち2篇は、もともとNHKラジオのためにかかれたもの。
発表時の放送台本の原稿に手を入れたものです。

「香山さんの児童文学的出発は、戦後まもなくんぼことで、昭和二十五年ごろから
つづいた児童文学の上振の時代には、「麦《という同人雑誌を、
いぬい・とみこさんなどと作って、創作にはげんでいました。
「麦《にのった長篇「あり子の記《(原題「川にさす潮《)は、
その後一九六二年に単行本(理論者)となり、一九六三年の日本児童文学者協会賞を受けました。
その後、「五時間めのノート《という短篇集を一冊出したきりで、
香山さんは主としてラジオ・テレビなど電波の世界へ移ってしまいました。
おもに幼児番組を担当し、お話だけでなく、童謡もたくさん作っており、…
電波の世界で仕事をつづけていること、母親になったこと、この二つが香山美子という幼年童話作家を生みだしました。
香山さんの幼年童話は、他の幼年童話作家たちーいぬい・とみこ、中川李枝子、
松谷みよ子、寺村輝夫、神沢利子などーーとはまたちがった独自な世界を展開しています。
その特色は、一口にいって軽快さにあります。素材・構成・文体が軽快に走っていきます。
…ここにおさめた三篇は、いずれも、幼年童話というより、もう一段幼い子どもを
対象にした幼児童話とでもいえるものですが、その幼い子どもが毎日毎日の生活の中で、
何に興味をもち、何に喜びを見出しているのか、おとなの目から見れば理解できないことに夢中になって
…その充実した豊かさを経験しながら成長してゆくすがたを、母親としてともに
体験しながら語ってゆく姿勢が、全体としてつらぬかれています。
いや、つらぬくという意識さえない自然な吐露があります。(強い感性と軽快な文体 鳥越信 より)

版元品切れ。

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverぽんこつマーチ 阪田寛夫 画・九里洋二
大日本図書 子ども図書館 69年5月・初版 1800円
Bー ビニールカバー・帯 見返しシワ 背の上部イタミ 本文シワ・少ヨゴレ 当時の定価300円

「サッちゃん《「ねこふんじゃった《「おなかのへるうた《などの
作詞で知られる阪田 寛夫(さかた ひろお 1925年~ 2005年)。
本書にはおなじみ「サッちゃん《をはじめ、「ぽんこつマーチ《「マーチング・マーチ《
「おとなマーチ《「四十人の兵隊《「ニンゲン《「きつねうどん《「夕日がせなかをおしてくる《など傑作な詩が満載。
九里洋二のイラストが、子どもの心を押し出したかのような詩によくマッチしています。

「日常生活の中の子どもたちが、子どものためにつくられた歌を、あまり口にしない
ーーその理由はさまざまでしょうが、これは、よい作品がないからではありません。
この阪田寛夫さんの作品集が、なによりの証拠です。「夕日がせなかをおしてくる《を、まずお読みください。
…この歌は、現代の子どもの共感をよぶものごとの見方、とらえ方を通じて、
かつてのすぐれた子どもの歌がもっていた<詩>を、のがさず持ちつたえているということができます《
(感動と量感にあふれた作品 神宮輝夫 より)

坂田寛夫は大阪府大阪市生まれの詩人、小説家、児童文学者。
51年から63年まで朝日放送に勤務。ディレクターとして活躍し、68年、TBSの「花子の旅行《脚本で久保田万太郎賞を受賞。
野坂昭如・矢代静一に並ぶ男性宝塚オタクとしても知られ、同劇団関連の多くの著述を残しています。
ちなみに、女優で宝塚歌劇団の元花組男役トップスター大浦みずきは次女にあたるそうです。

この版は版元品切れ。本文42-43ページ、46-47ページが白紙なのはなぜ? 知っている人、教えてください。
同社から90年、出版された新版版では太田大八が絵を手がけています。

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverうさぎどん きつねどん2 チャンドラ・ハリス 八波直則・訳編 画・太田大八
大日本図書 子ども図書館 69年7月・初版 2300円
B ビニールカバー・帯 見返しヤケ 当時の定価300円

“アメリカのイソップ”といわれるほど親しまれている動物民話。
「うさぎどんの おばけそうどう《「うさぎどんと にんげんさん《「はちみつばやしの おおさわぎ《を収録。
訳文が傑作です。
「うさぎどんの おばけそうどう《は、こんな感じ。
「さあ、こんやは、うさぎどんの ゆかいな いたずらばなしだよ。
ある 日、うさぎどん、くまどんの うちへいった。
それも、わざと くまどんの うちの ものが みんな でかけて るすのときを ねらったね。《

くまどんの暮らしぶりを見てやるかと家へ入り、
棚の上にのせたあったバケツをひっくり返して、
くまどんが中にかくしておいたはちみつを頭からかぶってしまいます。
耳の先から足の先まで、体じゅうはちみつだらけ。
そのままじっとしていて、目玉の上からみつが流れ落ちてしまうまで待って、やっと自分の手が見えるようになる始末。
困り果てて、森の中へ。落ち葉の上にころころ転がって、体のみつをこすり落とそうとしたところ、
みつはとれずに葉っぱがくっついてーー。
はっぱだらけの“おばけ”となった うさぎどんは、きつねどんやおおかみどんに…。

「リーマスじいやという老黒人が、農場主のむすこに、毎晩自分の小屋で動物むかしばなしをしてきかせます。
その記録というかたちで、ジョージア州アトランタ市の新聞記者ジョウエル・チャンドラ・ハリス
(1848年~1908年)が合衆国南部棉畠に働く黒人の伝承動物物語話集をつくりました。
「リーマスものがたり《と総称され、“アメリカのイソップ”として世界的に知られ、
太陽と土の香のするユーモアとエネルギーにみちみちています。
…リーマス物語は、如実に黒人英語で記録された最初の黒人民話集であるばかりでなく、
文学的に設定されたわくが、南北戦争以前の南部大農園の実情を写し、
語り手のアンクル・リーマスが、あのストウ夫人の小説「アンクル・トム《のように白人に対して卑屈でなく、
未開放時代さながらに対等の人間関係をもつ、リアルな黒人像である点で、
文学的・英語学上でも高く位置づけられています《(「リーマスものがたり《とその著者 八波直則 より)

「うさぎどん きつねどん《は同社より新書や全集におさめられたり、
他社からも出版されています。太田大八のこの版は品切れ。

ハードカバー 55ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverきつね三吉 佐藤さとる 画・村上勉
大日本図書 子ども図書館 69年8月・初版 2300円
B ビニールカバー・帯 小口下側シミ 当時の定価300円

「きつね三吉《「まめだぬき《「つばきの木から《「つくえの神さま《の4篇。

むかしむかし、山のふもとの村に、一軒のかじやがありました。
かじやの親方は茂平。まだ子どもだった三吉が「おれ、かじやになりたいんだ《と弟子入りを希望してきます。
茂平は何も言わずに弟子にして、かじやの仕事をさせずに、娘ウメの遊び相手ばかりさせました。
5年後、三吉はぐっと背が伸びて、のっぽの若者に。
ほっそりしたからだつきながら、しなやかな手足をして、大づちをぶんぶんふりまわします。
すばらしい仕事ぶりに「茂平さん。おまえさんも、まったくいいあととりを見つけたもんだのう《と皆ほめます。
おかみさんも、いつか三吉とウメを夫婦にして、かじやのあとをつがせようと考えました。
5年たって、ウメもきれいな娘になり、ものかげから三吉の働く姿をだまって眺めていることがよくありました。

ところが、ある日、旅の坊さんが通りかかり「おまえ、こんなところでなにをしている《と声をかけます。
ぎょっとした三吉は坊さんと一緒に立ち去っていきます。
なかなか戻らない三吉に「もといた村へ帰ったのかねえ《とおかみさん。
親方は「逃げ出した弟子に用はない《。娘ウメは親にかくれて泣きました。

三吉がいなくなって三か月。
冬の寒い晩、家の戸をトントンたたく音がしました。雪の中に倒れていたのは鉄砲で打たれたキツネ。

「むかしのきつねのなかには、人間にばけたまま、りっぱな一生をおくるものがあったそうです。
人間のおよめさんをもらい、子どもをそだて、人間よりもまともにくらしたきつねがときどきいたそうです《
という文末。その最後にある一行! ーーこれはぜひ直接、お読みください。

「昭和三十四年に佐藤さとるさんが『だれもいない小さな国』を発表したとき、読んだ人たちはびっくりました。
短い物語ばかりが多くて、長い物語といえば外国のものばかりだったとき、
長くて、しかもおもしろく、そのうえ、新鮮な空想の物語が、まるで奇蹟のように生まれてきたからです。
…「きつね三吉《は、一見なんの変哲もない作品です。…昔話を読むような感じがします。
…ところが、「きつね三吉《は、表面は昔話そっくりですが、気がついてみると、
かじやの茂平や弟子の三吉などが、ちゃんとわたしたちの頭の仲に性格をもっていきいきとうかんできます。
作者は、昔話とちがって、登場人物を外と内からちゃんとえがいているのです。
…美しい花をえがくのに、美しい花といわず、客観的な観察的な目でえがいて、
読者に美しいと感じさせるーーそんな文体が、この作者の一貫した特徴であり、
「きつね三吉《はその最たるものといえましょう《(むだのない文体とおもしろさ 神宮輝夫 より)

一度読んだらおしまい、の本ではありません。何度も読み返したくなるような。そのたびに愛着が増すような、深みのある1冊。
部分的に2色印刷。使われている青いインクなど、趣味がとてもよいです。
佐藤さとる・村上勉コンビによる69年の秀作。
88年、同社より出版された新装版は、佐藤さとる・岡本順(画)のコンビ。84年、佐藤さとる・村上勉コンビによる
同吊の絵本は、偕成社よりまったく異なる装丁の大型本として出版されています。

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverももいろのひよこ 岡野薫子 画・小野かおる
大日本図書 子ども図書館 70年・初版 3200円
B ビニールカバー・帯 当時の定価300円

駅前の広場で売っていた、あざやかな色をしたひよこたち。
ケイコはももいろのひよこを買います。
団地の3階にある自宅に連れ帰って
「ね、かわいいでしょ。このひよこ、大きくならないんだって《というケイコに
「そうね。どうせ、大きくなるまではいないでしょ《と、おかあさん。
ひよこは弱い生きもので、そう長くは生きていられないと思ったのです。
ところが、あれから、もう十日。ひよこはあいかわらず元気。いたずら好きのかわいいひよこ。
お人形の髪の毛をもしゃもしゃにし、団地の庭で遊ばせてやれば、ねこを追い回す始末。
「あんたは、なんて、ゆうかんなの! わたし、もう、ねこにたべられちゃったかと思ったわ《というと
<アベコベダヨ>という返事が。なんと、話ができるひよこだったのです。

けれども、ケイコの成長とともに、ケイコはももいろのひよこのことを忘れ、ももいろのひよこは話をしなくなって…。

読み手によって、さまざまに感じさせるエンディングがいつまでも余韻を残します。

「銀色ラッコのなみだ《「ヤマネコのきょうだい《「ボクらのら犬《「カモシカの谷《
「シカをよぶ笛《など動物を描きながら、人の心のさまざまな葛藤を
浮き彫りにするため、さまざまな試みをしてきた岡野薫子(1929年生まれ)。
岡野薫子の創りあげた、小粒ながらみごとなファンタジーの世界。
画家の小野かおる(1930年生まれ)は、小さいころから「コドモノクニ《などに童話を発表。
「とんだドロップ《「でてこいオンロック《「ゆびっこ《「はるかぜトプー《など絵本や
数々の作品の挿画で活躍。間違いなく傑作といえましょう。
版元品切れ

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverカラー版 太陽の子と氷の魔女 ジャンナ・A・ウィテンゾン
田中かな子・訳 画・E・ニコラエフ L・アリストフ

大日本図書 子ども図書館 69年2月・同年7月の17版 3600円
B ビニールカバー 見返しヤケ 当時の定価450円

むかし、北氷洋の海べに、トナカイの皮でつくった古ぼけたヤランガ(テントのような家)がたっていました。
ヤランガには、ひとりの貧しい女の人が、息子のヤットと、娘のテユーヌと一緒に住んでいました。
お父さんのラグテルギンは強くて勇ましい猟師でしたが、冬の日、狩りに出たまま帰らなくなりました。
お母さんはふたりの子どもを抱えて途方に暮れました。ソリをひくトナカイもイヌもいなくなったしまったのです。
狩りにいき、ツンドラからたきぎを集めてソリで運び、なんでも自分でしなければなりません。
また冬がくると、短い昼間のうちに、しなければならない仕事がたくさんあります。
それなのに、子どもたちは自分のことばかりで、お母さんの手伝いもしません。
たきぎが足りなくなり火が消えてしまったら、おそろしい魔女プルガがやってくる…
お母さんは心配そうに子どもに言い聞かせますが、まさか本当にやってくるなんて…。
お母さんは、魔女に白いカモメにされてしまいます…。

巻末には、田中かな子さんの筆で、物語の舞台について綴られています。
「ウィテンゾンさんは、北極海にそそぐレナ川流域で、ヤクートやネネツ族の人びとが、
暗い過去の原始生活をかなぐりすてて、きびしい自然にたたかいをいどみながら、
永久凍土の上毛の土地を、祖国のために住みよい土地に改良していくすがたに、すっかり魅せられてしまいました。
そして長い時間をかけて辺境のヤランガを、ひとつひとつたずねて
シベリアの北のはてに残された民族の民話や伝説をあつめました。
モスクワへ帰ったウィテンゾンさんは、新設されたソユーズ・アニメーション・フィルム
製作所に、児童文学の作家として働くようになると、動画フィルムの処女作として
「太陽の子と氷の魔女《=原題・ヤットとテユーヌの物語=を書きあげました。
この映画フィルムは、一九五六年にモスクワで金メダルを、つづいて、一九五七年には、
ベネツィア映画祭動画の部で、グランプリをそれぞれ獲得しています。
「ソビエトロシア《出版所からこの本が出版されたのは比較的おそく、おなじく
モスクワのアニメーション・フィルム製作所のL・アリストフさんとE・ニコラエフさん
という二人の画家の共同製作というかたちで、一年間という年月をそそいで
出来あがったのは、一九六三年でした《(物語のぶたいと作者ウィテンゾンのこと 田中かな子 より)

これまで紹介してきた本より、ページ数が多く、かなり読みでがあります。
イラストの大半が美しいカラー。版元品切れ

ハードカバー 97ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverカラー版 小さな赤いめんどり アリソン・アトリー 神宮輝夫・訳 画・油野誠一
大日本図書 子ども図書館 69年11月・初版 3600円
B ビニールカバー・帯 見返しヤケ 扉ヨゴレ 当時の定価420円

小さな家にひとりのおばあさんが住んでいました。
おばあさんは、ひとりぼっち。朝から晩までせっせと働きました。
夏が来るとイスを外に出して通りかかる人と話をすることができました。
でも、冬は暖炉のそばに引っ越して、話し相手がいなくなります。
話し相手が欲しい…。そう思いながらも、立派にひとりで暮らしていました。

ある晩、ドアをたたく小さな音がして、やってきたのは、小さなめんどりでした。
おばあさんとめんどりの心の通い合い…。めんどりがピンチとなったとき、
あたり5*6キロからのめんどり、おんどりが集結する絵柄が見開きいっぱいに…。

「アトリーは、一八八四年にイギリスのダービーシャーに生まれましたが、
子どもの本をかきはじめたのは一九二九年からでした。
一九二〇年代は、第一次大戦後の復興期にあたるため、イギリスの児童文学は
沈滞期にあり、よい作品はあまり生まれなかった時期でした。
今も読まれている作品といえば、A・A・ミルンの「クマのプーさん《や
エリナー・ファージョンの「りんご畑のマーチン・ピピン《ぐらいでしょう。
そして、「プーさん《は子どもべやに、「マーチン・ピピン《は田園にと、
おとなが現実から逃避した姿勢がうかがえます。これは、おそらく、戦後の精神的荒廃から、
安らぎを求める気持ちが社会全体につよく、そうした風潮を反映して生まれたにちがいありません。
アトリーもやはり、ミルンやファージョンとおなじ流れの作家といえます。
アトリーは、ほとんどいつも、イギリスの自然と過去を子どもたちに気づかせようとしています。
…この、あふれるばかりの自然をえがいたアトリーの作品は、読者に、
素朴なくらしの中にある根源的なものを見せ、人間らしさとはなにかを知らず知らず考えさせてくれます。
…ゆっくりした、きめのこまかい話の中で、ちゃんと読者が退屈しないように、
山がつくられていて、最後に、おばあさんの幸福がみちたりたものになるのです。
アトリーという人は、自分がもっとも愛するものを、すぐれた作家的才能を駆使して
存分にえがききった作家だと思います《(自然美とゆたかな想像力で 神宮輝夫 より)

一気に読まされます。大人が読むと、ある意味、身につまされながら、
最後は安堵するような内容でしょうか。田園風景がきれいです。版元品切れ

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ


coverカラー版 うそつきウサギ セルゲイ・V・ミハルコフ
松谷さやか・訳 画・エフゲーニイ・M・ラチョフ

大日本図書 子ども図書館 69年11月・初版 3600円
B ビニールカバー・帯 見返しオレすじ・ヤケ・少シミ 当時の定価420円

短篇が13篇。収録作品…オンドリの気どりやさん/チェッ!/イノシシとキツネとビーバーの旅
/まほうのじゅもん/さいごのねがい/ロバのにがお絵/みこみちあい/オウムのおばかさん
/うぬぼれやのネコおばさん/考えかたのちがい/白いてぶくろ/かがみ/うそつきウサギ

「ここに収めた十三編の寓話は、ミハルコフの「散文による寓話《の中から、
幼い人たちにも理解できそうな作品を選んだものです。
「散文による…《と、作者がことわっているのは、ふつう寓話は、格調高い詩の形式で書かれているためです。
寓話とは、ひとくちにいえば、教訓的な性格をもったたとえ話ということができます。
…現代ソビエトにおける寓話の傾向は、おおざっぱにふたつに分けられるようです。
ひとつの傾向は、政治的な諷刺、もうひとつは生活慣習のモラルに関する諷刺です。
そして、現存の寓話作家で、最も活躍しているのが、この本の作者ミハルコフです。
…ミハルコフはまた、子どもにもおとなにも親しめるような
散文による、短くて、彼独特のスタイルに寓話を生みだしました。
この「うそつきウサギ《に収めてある寓話は、まさにそういった寓話で、
鋭い皮肉や教訓的な傾向をもちながらもそれだけが表面に出ず、むしろ豊かな
ファンタジーを感じさせるお話といったほうがよさそうです。
登場するトリたちも、ロバもウサギもネコもビーバーもクマもオオカミも、
その他どの動物たちも、どことなくユーモラスで、読むものをひきつける魅力にあふれています。
その魅力をさらに高めているのが、ラチョフのさし絵です。
…ラチョフの絵の特徴は、大胆な構図の、いかにも力強さを感じさせるはっきりとした
輪かくのリアリズムの絵であること、色彩が美しいこと、それに、描かれている
動物たちがみんな衣裳をまとっているということです。…《(諷刺作家としての面目 松谷さやか より)

1913年、モスクワ生まれのセゲル・ウイラジーミロヴィチ・ミハルコフ、
また、1906年、トムスク生まれのラチョフについて、かなり行数を割いて書かれています。
ラチョフから訳者あての手紙の一部が紹介されています。
「私のさし絵は、一九六七年に、日本のサクラクレパスを使って、
ネズミ色の紙に書きました《という一文には驚かされます。

イラストは本当に(!)ネズミ色の1ページ大の紙にカラー。
ほかに、1色のカットだったり、グリーンの地に単色だったりします。版元品切れ

ハードカバー 57ページ 天地 21.7センチ×左右 19センチ

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